こんにちは「ゆるりら」です。
「ちょっと相談したいことがあるの。」
キッチンに立っていた私に、母が来て話しかけました。
「今忙しいの」などと言ったら大変です。私は即座に手を止めて、話を聞きました。
話は墓地のことで、詳細は省きますが、
「とても悲しいの。」と、悲しげな様子でこちらを見ています。
内容はもっともで、そのことを実施するための資金も母が出すという話でした。
もちろん、賛成しました。
ただ、ひとつ面白くないことがあります。
相談内容は我が家にとっても前向きな話だと思うのですが、どうして悲しげに上目遣いで私を見てくるのか。
そのことに関わる事務手続きを、私にやらせようとしている気がするのです。
母は専業主婦で、交渉事などはずっと父が担ってきました。
今は私たちと同居していますが、家のことは私たちが回しています。
母は何か思いつくと父を動かそうとし、父が他界してからは私を動かそうとします。
今回のことも、今後進めていく中で母の思い通りにならない場面が出ると、必ず母から不満が出ます。
そもそも私に対して「悲しげな目」をする必要はありません。
そんなに弱い人ではないのです。むしろ、気が強く、これまであちこちで衝突もしてきた人です。
これは、自分の身を守るためにも、うまく立ち回らないと大変だと、心のアラームが鳴りました。
「これは大きな普請だから、お母さんがやってみたら?」と、水を向けました。
本当は、何でも自分で先頭に立ってやってみたい人なのです。
今日、寺に電話をしてみることにしました。
案の定、私に電話をさせようとします。
私が掛けても話は簡単なのですが、「自分で話してみたら?」と、手を放しました。
その後、二人でお寺に行き、いろいろと話を聞いて、今後の方向を決めました。
やらされていると感じると、すぐ機嫌を悪くするので、そこはうまく機嫌を取りました。
おいしいものを食べて帰り、ご機嫌でした。
祖母、母、私の三代の中で、
母が一番、自分の思いを自分で表現できなかった人かもしれません。
私も祖母も、外に出て働いていました。
自分で段取りをつけて、周りと協調しながら仕事を進めること。
途中で思い通りにならない時には、周りと折り合いをつけて、より良い方向へ進めていくこと。
そんな過程の楽しさを、母にも味わってほしいと思いました。

