こんにちは「ゆるりら」です。
年末になり、気ぜわしく年賀状を準備しました。以前から
「退職したらエジプトに行く。そしたら翌年の年賀状には、ピラミッドの写真を載せたい」
という、はっきりとしたイメージがありました。
ところが絵柄を作成しているうちに、ギリシャもローマもパリもモンサンミッシェルも北欧もニューヨークと、結局、行った名所の写真を小さくあれこれ載せ、夫君との写真は一枚だけという、自分本位の絵柄になってしまいました。
幸いなのか、今では年賀状じまいをされる方も多く、出す相手もそれほど多くはありません。準備をしていると、私たちのリビングに母がやってきました。
(やばい!)
心のアラームが鳴ります。
「何この年賀状!自分の旅行ばかりを載せて」
と、嘲笑われる光景が目に浮かびました。サッと隠そうとしましたが、見とがめられてしまいました。
「年賀状?見せてよ」と言われましたが、「うん、ちょっと……」と、さりげなく隠しました。すると、
「なんで見せないの!人に出すものなのに、親に見せられないのか!このバカタレ!」
と、激高して大声で怒鳴り散らしました。
その怒鳴り声があまりにも大きく、隣の部屋で仕事をしていた娘が飛び出してきました。
「誰? 今、ママを怒鳴ったのは! なんでママにそんなひどいことを言うの!」
と、私を助けてくれました。
そして
「ママにそんなひどいことを言う人は、許さない!」
と、追い返してくれたのです。
さらに娘は、
「今まで優しいおばあちゃんだと思っていたのに、あんなひどいことを言うなんて。あんな言い方をするの、初めて聞いたよ。ママは、小さい頃からあの人に怒鳴られて、怖かったんだね。かわいそうに。今は、私が“小さいゆるりらちゃん”を助けてあげるからね」
と、言ってくれました。
母は、いつも怒鳴ってばかりの人だったわけではありません。
今でも周りの人から「若くて綺麗」「美人」と言われ、ラテン系の明るさで友達も多く、元気に笑い、情け深くて意気に感じるタイプの人です。
近所づきあいも明るくこなし、孫の世話もよくしてくれ、「助かった」と思う場面も、たくさんありました。
ただ、少し心が幼く、機嫌が悪くなると突然声を荒らげ、身近な者にだけ、強い言葉をぶつける人でもありました。
その矛先は、たいてい私でした。
幼い日の私は、あの人が急に機嫌を悪くして怒鳴りだすことや、父と大喧嘩をすることに、本当に心を痛めてきました。今回の暴言など、ささやかなものです。ここでは書けないようなこともありました。昭和の夫婦は、どこもパワー全開で、あんなふうだったのかもしれません。
同居を始めて三十年近くになりますが、孫の世話をしてもらった御恩はあるとはいえ、我が家にかかる水道光熱費や税金は私たちが負担し、ボーナスの度にお礼もしてきました。私が育ててもらった年月よりも、私たちが世話をしている期間の方が長いと言えるでしょう。それでも、いつまでも
「親の言う事が聞けんのか!」
と、堂々と怒鳴り散らします。
幼い日の私は、いつも黙って逃げ、人形を抱えて部屋の隅に行き、空想の世界に入り込んでいました。空想の中は、本で読んだ童話の世界のように、私を愛してくれるお人形たちとともに、自由で優しい世界でした。
あれから五十年以上が経ち、私の可愛がっていたお人形は、双子の赤ちゃんとして私の前に現れ、立派に成長し、私を真正面から守り、助けてくれています。
これは、夢ではないでしょうか。
私の幼い日の夢が、叶いました。


