こんにちは、「ゆるりら」です。

男子フィギュアスケートの最終滑走。残すところあと二人となった場面で、鍵山優真選手の出番がやってきました。
その時点で1位はカザフスタンの**ミハイル・シャイドロフ選手**、2位は日本の**佐藤駿選手**でした。

過去の結果やショートプログラムの得点から、多くの人がこう予想していたと思います。
鍵山選手が最高の演技をし、そして最後のオオトリとして登場する「4回転の神」イリア・マリニン選手もまた完璧な演技を見せる。持ち技の基礎点を考えれば、マリニン選手が金、鍵山選手が銀になるのではないか――と。

ところが、鍵山選手の直前に滑った選手が転倒しました。その光景が目に入ったのかもしれません。
鍵山選手のジャンプにミスが出てしまったのです。冒頭の4回転サルコーは軸がずれ、続く4回転フリップではまさかの転倒。その後は大崩れせず、得意のステップを滑らかにこなしてくれましたが、演技後の表情はこわばっていました。コーチ陣の顔もショックを隠せません。結果として、その得点はシャイドロフ選手にも及びませんでした。

しかし、それ以上に言葉を失う出来事が起こります。
ショートで1位だった「4回転の神」マリニン選手が、鍵山選手のミスどころではない、想像を超える事態に陥ったのです。4回転がシングルやダブルになってしまうジャンプの乱れ。さらに、「見たことがない」と言われるほどの転倒が2度も重なりました。

会場にいた全員が、その瞬間を悲劇として目撃しました。
最終演技を待ちわびていたファンも、審判も、ライバルたちも、息をのむようなありえない光景でした。

そして、点数が読み上げられた瞬間、想像していたはずの悲劇が現実となり、再び会場は静まり返りました。

――その直後です。
鍵山選手の笑顔が、ぱっとはじけました。

なんと、マリニン選手の得点が想像を下回ったことで、その瞬間に佐藤選手の銅メダルが確定したのです。
ほんの少し前まで、自分のミスに打ちひしがれ、この世の終わりのような表情をしていた鍵山選手が、まるで自分のことのように興奮し、佐藤選手の銅メダルを心から喜んでいたのです。

金メダルとなったシャイドロフ選手は、青ざめた表情で美しい白い手で口元を覆い、
ショックで立っているのもつらいはずのマリニン選手は、それでも金メダリストのシャイドロフ選手を抱きしめ、称えていました。

この試合で、もう一つ心に残ったのが解説でした。
解説を務めた**町田樹さん**が、とにかく素晴らしかったのです。

一言で言えば、「お品がいい」。
美しい声、綺麗な日本語。技や楽曲についての説明も丁寧でわかりやすく、「えーと」といったよどみが一切ありません。そして何より、すべての選手へのリスペクトが感じられ、誰一人として雑に扱われることがなかった。
スポーツであり芸術でもあるフィギュアスケートに、これ以上ふさわしい解説はないと感じるほど、上品で心地よい時間でした。

私のこのNoteは弱小記事なので、フィギュアスケート関係者の方が読まれることは、たぶんないと思います。
そんな前提で、最後に少しだけ、失礼を承知で勝手な気づきを書かせてください。

それは、銀メダルとなった鍵山選手の直後のインタビューでの言葉です。
「始まる前に、コーチである父から『全部転んでもいいから、最後までしっかり滑ってこい』と言われた」と話していました。

生まれた日からこの日まで、父として、コーチとして、彼のそばに居続けたお父さん。
大きなスランプに陥った日にも寄り添い、偉大な選手になった息子に対して「もう自分の教えることはないから」とコーチを外れようとしたこともあったそうです。それでも鍵山選手は、お父さんにコーチをお願いし続けました。
心の支えとして、どうしてもそばにいてほしい存在だったのでしょう。

立ち直れないほど落ち込んだ日にも、「スケートができなくなっても、あなたは大切な息子だ」と、愛情を注ぎ続けたお父さん。そのまっすぐな愛をしっかり受け取って、鍵山選手は爽やかな青年として、連続でメダルを獲る覇者へと成長していきました。

それでも、もし「引き寄せ」や「心理学」を学んできた人であれば、あの言葉――
「全部転んでもいいから」
は、言ってほしくなかったと言うかもしれません。

最終滑走前、脳は極限まで緊張しています。言葉は「言霊」です。
「転んでもいい」という言葉の中の「転ぶ」というイメージが、無意識に刷り込まれた可能性もあるのではないか、と。

もちろん、これは私の勝手な想像です。
お父さんの言葉があったからこそ、勇気を持って滑れたのかもしれませんし、この言葉がなくても転倒は起きていたかもしれません。

それでも私は、こう言ってほしかったな、と思ってしまうのです。
「完璧にジャンプを決める姿が、はっきり見えるよ。行っておいで!」

私たち親は、子どもに傷ついてほしくないから、どんな結果でも支えると伝えたくなります。
でも、ここ一番の集中が必要な場面では、親の空元気でも、ハッタリでもいいから、
「合格すると信じているよ」
「うまくいく姿が見えるよ」
そんな言葉をかけてあげたほうがいいのかもしれません。

そして、結果が思うようでなかった時こそ、
それでもあなたは大切な存在なのだと、伝えてあげたい――
この試合を見て、私はそんなことも考えました。そんなことがなかなかできなかった、今もできていない自分だからこそです。

そして一番強く心に残ったのは、鍵山選手やマリニン選手をはじめとする若い選手たちの、互いを思いやり、相手をたたえる姿でした。
勝敗がすべての世界で、悔しさや痛みを抱えながらも、相手の健闘を称えるその態度は、とても品があり、美しく、胸を打たれました。
解説の町田さんを含め、スポーツが人の心を動かす理由を、あらためて教えてもらった気がします。

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