こんにちは「ゆるりら」です。

昨日は「100歳まで生きたとしたら」と仮定し、未来の自分が100歳まで頭シャッキリで生きていたらいったい何を思うだろう、とぼんやり考えて「母親に感謝する」とお話ししました。

「母親に感謝する」と思ったその時には、私は1歳の赤ちゃんの時の自分を思い出していました。1歳になったばかりだというのに、なぜかあの時の光景をはっきり覚えていて、消毒の匂いも浮かんでいます。そして、昨日はなぜか、妙にその時の事をイメージして、涙を流していました。今日はさほどでもありませんし、元気に生きている実の母親に飛んで行ってお礼を言いたいとも思いませんでしたが、このブログを書いている途中に「お礼言っとこ!」と思い立ち、さっきササッと行ってきました。母は「当たり前の事」と言ってくれました。

あれは、母に感謝とはきれいごとを言ったけれども、実は注射や医者が恐ろしかった赤ちゃんの時の自分に会いに行って、泣いていたのかもしれません。インナーチャイルドの癒しという精神療法があるようですが、やせ細り死にかけたのは本当の事なので、きっと死ぬほど辛かったあの時のことを、自分で慰めていたのかもしれません。しかし、たった1歳の時のことが、もういいほど年を取った自分にとって泣くほどの事なのでしょうか。

心を自由に飛ばせと言われても、どうしても開きたくない、思い出したくない恐ろしい思い出がある場合、何とか無理やりその場をしのいで、変な決め事を作って逃げて生きているのかもしれません。私の場合は医者が怖くて、今回も実はある手術を行うかどうか、毎日のように自問自答をしていたのでした。ですから、100歳の人の本をきっかけに、100歳になったら何を思うか→赤ちゃんの時に助けてくれた母に感謝する→あの時の医者は怖かった=あの匂いも怖い⇒ものすごく怖い⇒あー!やっぱり手術は嫌だ、怖い!につながっていたように思います。

お医者様が恐ろしいのは今も同じです。赤ちゃんの時に毎日筋肉注射をしていたそうなので(ウイルスについての研究がなされているので、今はそのような治療法ではないはずです。)とても恐ろしい存在なのですが、助けてくれた親のことを思い出して、感謝しているうちに、怖かったけれどあの時代には最高の医療だったと理解しました。

皆さんの心の中にも、どうしても開けない心の重苦しい扉はありませんか。その扉を無理に開けなくてもいいのです。年を取るとともに新しい選択肢ができて、古い防御システムがなくても、心の平和が保てているのです。昔使っていた心の補助輪は、もう必要ないのかもしれません。補助輪がなくても立派に自転車に乗れているのに、怖くて邪魔な補助輪をそのままにしているのかもしれません。

「ゆるりら」は久しぶりにジムを再開し、ヨガに行ってきました。その時、ハッピーチャイルドポーズ、という新しい名前のポーズがあって(今の私にピッタリの名前!)と、ちょっとハッピーになりました。怖いこともたくさんあった赤ちゃん時代だけど、命からがら生き残ってきました。ハッピーな赤ちゃんでした。怖がっていた手術も、今は全身麻酔もあるので赤ちゃんの時のように痛い思いはしなくて済むはずです。思い切ってやってみようかと思っています。(まだ悩み中ですが。)

現在医療機関を受診しようと思っておられる場合、お早めに受診されることをお勧めします。

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